民事信託の契約を解約した例|空き家特例と譲渡税を見据えて、遺言による承継へ
民事信託は、作って終わりではありません。お母様が自宅で暮らし続ける方針になり、空き家特例と譲渡税を見据えて信託を終わらせ、遺言による承継へ切り替えた例です。
民事信託(家族信託)は、認知症への備えや不動産の管理のために、有効な方法です。ただし、一度作れば終わり、ではありません。ご本人の生活、ご家族の方針、税の影響が変わってくると、当初は合っていた信託契約も、見直しが必要になることがあります。 今回は、川崎市麻生区・新百合ヶ丘周辺のご相談をもとに、空き家特例と譲渡税を考えて信託契約を終わらせ、遺言による承継へ切り替えた例をご紹介します。個人が特定されないよう、内容は一部調整しています。 次のような疑問をお持ちの方に向けた記事です。
- 数年前に民事信託を組んだけれど、そのままでよいのだろうか
- 母が施設に入らず自宅で過ごしているが、信託は続けるべきか
- 亡くなった後に自宅を売ると、税金が高くなるというのは本当か
- 民事信託をやめることはできるのか
この記事の内容
・ご相談の背景
・令和2年に民事信託を組んだ理由
・後から見えてきた問題点
・空き家特例を使えるかどうかで、税負担が大きく変わる
・信託契約を終わらせ、遺言へ切り替えた理由
・民事信託は「作って終わり」ではありません
・そのまま信託でよい場合もあります
・見直しのチェックポイント
・この判断例の分かれ道
・まとめ
ご相談の背景
対象となった不動産は、川崎市麻生区・新百合ヶ丘周辺の土地建物でした。土地の路線価評価は約3,500万円、建物の評価は約100万円。建物は昭和50年頃に建てられた古い戸建てで、お母様がひとりでお住まいでした。 この土地は、もともと祖父から父へ、父から母へと相続されてきたものです。取得価額は約500万円と低く、更地にして売れば、売却価格は5,000万円を超える見込みでした。解体費などの経費を差し引いても、譲渡所得がかなり出る可能性のある不動産です。
令和2年に民事信託を組んだ理由
当初、このご家庭では、お母様が老人ホームに入る可能性や、将来の認知症のリスクを考えて、令和2年に民事信託を組みました。目的は、主に次の3つでした。
- お母様が判断能力を失った場合でも、不動産の管理・処分ができるようにすること
- 必要に応じて自宅を売却し、施設の費用や生活費に充てられるようにすること
- お母様が亡くなった後、子ども4名へ均等に財産を承継させること
信託の終了事由はお母様の死亡、終了後の帰属権利者は子ども4名が均等に取得する、という内容でした。
後から見えてきた問題点
信託を組んだ当時は、将来、自宅を売却して施設の費用などに充てる可能性がありました。 ところがその後、お母様は90代後半になっても施設には入らず、このまま自宅で暮らしていく方向になりました。 そうなると、当初の目的だった「生前に自宅を処分する可能性」は低くなります。一方で、お母様が亡くなった後に自宅を売却する場合には、空き家特例を使える可能性が出てきます。 ここで問題になったのが、信託不動産のままでは、空き家特例の適用が難しくなるおそれがある、という点でした。信託が終了して帰属権利者として受け取った家屋は、法律上の相続や遺贈による取得には当たらない、という東京国税局の文書回答(令和4年12月20日)があるためです。この点は、別の記事で整理しています。
良かれと思った家族信託が、増税を招く― 空き家特例3,000万円控除が使えない「令和4年の見解」と対策 ―
空き家特例を使えるかどうかで、税負担が大きく変わる
空き家特例とは、一定の要件を満たす古い自宅を、相続した人が売却した場合に、譲渡所得から最高3,000万円を差し引ける制度です。今回のように相続人が3人以上のときは、1人あたり2,000万円になります。 今回の例では、概算すると次のようなイメージでした。
- 売却価格:約5,000万円強
- 取得価額:約500万円
- 解体費などの経費:約500万円
- 譲渡所得:単純計算で約4,000万円になる可能性
空き家特例が使えない場合、長期譲渡所得の税率で考えると、譲渡税が約800万円になるおそれがありました。 一方、空き家特例が使える場合には、子ども4名で均等に相続し、相続後に売却する形をとることで、各人の譲渡所得から控除を受けられる可能性があります。 実際の税額は、取得費、譲渡費用、売却の時期、相続人の取得割合、制度の適用期限、税制改正の有無などで変わります。税の判断は、税理士と連携して確認します。空き家特例の要件は、別の記事にまとめています。
信託契約を終わらせ、遺言へ切り替えた理由
今回のご家庭では、今後、お母様が自宅を生前に処分する可能性は低い、と判断されました。 そこで、信託契約をそのまま続けるのではなく、委託者と受益者の合意で信託を終了(解約)して自宅の名義をお母様に戻し、亡くなった後に売却して換金した額を子ども4名で均等に分ける内容の遺言へ、切り替えることにしました。 もちろん、空き家特例には現行制度の適用期限(2027年12月31日までの売却)があり、その先も延長されるとは限りません。その点も説明したうえで、いまのご家庭の状況に合わせた見直しをしています。 信託の終了には、契約の内容、委託者・受託者・受益者、帰属権利者、登記の手続き、税務上の影響などの確認が必要です。単に「やめればよい」というものではなく、出口の設計まで含めて慎重に確かめる必要があります。
民事信託は「作って終わり」ではありません
今回の例は、民事信託が悪かった、という話ではありません。 令和2年当時は、お母様が施設に入る可能性も、認知症になった場合に不動産を処分できなくなるリスクもありました。その時点では、信託を組む意味は十分にありました。 ただ、その後の生活が変わり、「自宅は生前に売らない」という方針が固まったことで、今度は空き家特例との関係を考える必要が出てきたのです。
民事信託は、将来のための仕組みです。だからこそ、将来の見通しが変わったときには、信託契約そのものを見直すことも大切です。
そのまま信託でよい場合もあります
すべてのケースで、信託を終わらせたほうがよいわけではありません。たとえば次のような場合には、そのまま信託を続けるほうがよいこともあります。
- 建物が比較的新しく、そもそも空き家特例の対象になりにくい場合 マンションなど、空き家特例の対象外となる可能性が高い場合
- 売却益が少なく、譲渡税の負担が大きくない場合
- 生前に売却して、施設の費用や生活費に充てる可能性がまだ高い場合
- 認知症への備えとして、不動産管理の必要性が引き続き大きい場合
大切なのは、「信託を残すか、終わらせるか」だけではありません。いまのご家庭の状況に、信託契約の内容が合っているかを確かめることです。同じ「売る可能性の度合い」の分かれ道を、相続登記で自宅の名義を決める場面から見た判断例と、施設に入ったお母様の自宅を生前に売る場面で、信託か贈与かを比べた判断例もあります。
相続登記を子名義にしたら、譲渡税が増えた|自宅売却と3,000万円特別控除の落とし穴
施設に入った母の自宅を売るなら、信託か贈与か|3,000万円控除・費用・名義で比べる
見直しのチェックポイント
すでに民事信託の契約を作っている場合は、次の点を一度確かめてみてください。
- 信託を組んだ当時の目的は、いまも変わっていないか
- 自宅を生前に売却する可能性はあるか
- 亡くなった後に売却する場合、空き家特例の対象になりそうか
- 信託終了後の帰属権利者は、いまの家族関係に合っているか
- 遺言や遺産分割の設計と矛盾していないか
- 税務上、不利な形になっていないか
数年たった信託契約を確かめるときの2つのポイントは、別の記事にまとめています。
その家族信託、このままで大丈夫?数年たったら確認したい2つのポイント
この判断例の分かれ道
下の図は、この例の分かれ道を1枚にしたものです。状況、分かれ目、2つの道、決め手の順に並べています。
- 状況:令和2年、施設への入居と認知症に備えて、自宅を民事信託に。その後、お母様は90代後半になっても自宅で暮らしていく方向に
- 分かれ目:生前に自宅を売る可能性が、まだあるか
- まだある場合:信託を続ける。認知症になっても受託者が売れるが、相続後に売るときの空き家特例は使えない
- 低くなった場合:信託を終わらせ、遺言へ。亡くなった後に売れば、空き家特例を使える可能性がある。この家族は、こちらを選びました
本当に詰まるのは、その見通しがいつ固まるか、です。信託を組んだ時点では分かりません。お母様が90代後半まで自宅で暮らす、と見えてきた時点で初めて、空き家特例の話が前に出てきました。生前に売る可能性が残るなら信託を続け、売らない方針が固まったら、終わらせて遺言へ。分かれ目は、そこにあります。 ほかのご家族がどう決めたか、そして自分たちは何を決める必要があるかは、次の2つのページに整理しています。
まとめ
民事信託は、認知症への備えや不動産の管理のための有効な方法です。 しかし、信託を組んだあとに、ご本人の生活や家族の方針が変わることは少なくありません。特に自宅については、空き家特例や譲渡税の影響も含めて、折にふれて見直すことが大切です。 今回の例では、当初は認知症のリスクに備えて民事信託を組みましたが、その後の状況の変化を踏まえ、信託を終わらせて、遺言による承継へ切り替えました。 民事信託を作って数年たった方は、亡くなった後の承継先がいまのままでよいか、空き家特例や譲渡税との関係で不利になっていないかを、一度確かめておくと安心です。初回のご相談は無料です。
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