公正証書遺言が間に合わないとき、自分で遺言が書けないとき|不動産を渡す5つの選択肢
本人の意思ははっきりしている。けれど公正証書遺言は待てず、自筆で全文を書くのも難しい。そんなとき、不動産を渡す方法は、ひとつではありません。5つの選択肢を順に確かめます。
遺言を確実に残したいなら、本来は公正証書遺言が望ましい。けれど、公証役場との打合せや日程の調整には時間がかかり、その間に本人の状態が変わってしまうかもしれません。 では、暫定的に自筆証書遺言を、と思っても、自筆証書遺言は原則として本文を全文手書きしなければなりません。意思ははっきりしていて、署名や押印はできる。でも、長い文章を全部書くことは難しい。そういうこともあります。 この記事では、そうした場面で、不動産を渡したいときに考えられる選択肢を、順に整理します。話の中心は死因贈与ですが、その手前と先にある方法もあわせて見ておくと、選びやすくなります。
この記事は、不動産に絞っています。預金は、譲渡の制限や金融機関の対応など、不動産とは事情がかなり違います。
預金については、別の機会に整理します。
この記事の内容
・選択肢① 相続時精算課税を使った生前贈与
・選択肢② 使えないときは、暦年贈与
・選択肢③ 死因贈与(この記事の中心)
・選択肢④ 遺言代用信託(つなぎではなく、別の手段)
・選択肢⑤ もっと急ぐときは、危急時遺言
・あわせて、遺留分のことも忘れずに
・この判断例の分かれ道
・大切なのは、リスクを説明したうえで、今できる最善を尽くすこと
急ぐときに、まず自筆証書遺言を「とりあえず」作る考え方は、別の記事にまとめています。この記事は、それも難しいときの話です。
急ぐなら「とりあえず遺言」も選択肢|公正証書が間に合わないときの自筆証書遺言
選択肢① 相続時精算課税を使った生前贈与
まず考えられるのが、いま生前のうちに贈与してしまう方法です。渡したい相手が18歳以上の子や孫で、贈与する側が60歳以上の父母・祖父母であれば、相続時精算課税という制度を使った贈与を検討できます。 この方法の利点は、次の3つです。
- 贈与契約は、遺言のように全文を自分で手書きする必要がありません(ただし、判断能力があることは前提です)。自筆証書遺言が書けない場合でも使えます
- まとまった額の不動産でも、その時点で高い贈与税がかかるのを避けられます(2,500万円までの特別控除。2024年からは、これとは別に年110万円の基礎控除もあります。贈与した分は、最終的に相続のときに精算されます)
- 公正証書遺言の完成を待たず、いま実際に名義を動かせます。つなぎではなく、その場で完成する方法です
税の負担は、相続より重くなることがある
不動産を生前に贈与すると、登録免許税が相続より高くなり、不動産取得税もかかります(相続なら不動産取得税は非課税で、登録免許税も低くなります)。渡し方によっては、相続で受け取るより税の負担が重くなることがあります。ここは、よく確かめておきたい点です。
贈与した年のうちに亡くなった場合の届出
仮に、贈与した年のうちに贈与者が亡くなってしまった場合でも、相続時精算課税を選ぶこと自体はできます。ただし、その届出の期限は、贈与税の申告期限(翌年3月15日)と、相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月)の、いずれか早いほうになります。 年の前半に贈与していて、相続税の申告期限が先に来るような場合は、翌年の贈与税の申告を待つのではなく、その相続税の申告期限までに(亡くなった贈与者の相続税の所轄税務署へ)選択の届出をしておく必要があります(国税庁タックスアンサーNo.4302)。 相続時精算課税を使うかどうかは、相続税の見通しや登記の費用まで含めて、税理士と連携して確認しておくのが安全です。
選択肢② 使えないときは、暦年贈与
渡したい相手が18歳未満であったり、そもそも子や孫ではない第三者であったりして、相続時精算課税が使えない場合もあります。そのときは、通常の暦年課税の贈与を検討することになります。 暦年贈与では、年110万円を超える部分について、贈与税がかかる可能性があります。不動産はまとまった額になりやすいので、相続時精算課税が使えない場合は、贈与税の負担が重くなりやすい点に注意が必要です。実際にどのくらいの負担になるかは、税理士と連携して確認しておきたいところです。
選択肢③ 死因贈与(この記事の中心)
贈与税の負担が重い、あるいは生前に名義を動かしたくない。それでも、自分で遺言を書くことは難しい。そんなときに考えるのが、死因贈与です。 死因贈与は、贈与者が亡くなったときに効力が発生する贈与契約です。遺言と同じく死亡時に効力が出ますが、遺言ではなく、あくまで契約です。だから、贈与する人と受け取る人の合意で作ります。 死因贈与契約は、自筆証書遺言のように本文を全文手書きする必要はありません。ワープロで作成した契約書に、当事者が署名または記名押印する形で作ることも考えられます。
ただし、判断能力があることは大前提です。
これは、死因贈与が便利な方法だからではありません。公正証書遺言が間に合わず、自筆証書遺言も作れず、それでも本人の意思ははっきりしている。ほかに手立てが見当たらないときに考える、例外的な手段です。
税は、贈与税ではなく相続税で考える
税の面では、①②の生前贈与と大きく違う点があります。死因贈与は名前こそ「贈与」ですが、亡くなったときに効力が出るため、税法上は遺贈に準じて扱われ、贈与税ではなく相続税の対象になります。 ただし、孫や第三者など、配偶者・子・親以外の人が受け取る場合は、相続税額の2割が加算されます。同じ孫でも、孫の親(亡くなった方の子)が先に亡くなっていて、孫が代襲相続人になっている場合は、2割加算の対象になりません。 また、不動産については、相続なら非課税の不動産取得税が、死因贈与ではかかります(登録免許税も、相続より高い税率になります)。相続税がかかるかどうか、負担がどれくらいになるかは、税理士と連携して確認しておくのが安全です。
私文書の死因贈与契約には、不安定さもある
私文書で死因贈与契約を作れば、それだけで必ず安心、というわけではありません。公正証書でない場合や、執行者が定められていない場合には、相続開始後の名義変更で、相続人全員の協力が必要になることがあります。確かめておきたいのは、次の点です。
- 相続人が協力してくれるか
- 契約書の有効性を争われる可能性がないか
- 本人の判断能力について疑義が出ないか
- 対象財産が明確に特定されているか
- 相続開始後に、誰がどの手続きをするのか
私文書で作るなら、確定日付や印鑑証明も検討する
私文書の死因贈与契約には、あとから「本当に生前に作った書類なのか」と争われる可能性があります。そのため、実務上は、作成後に公証役場で確定日付を取得しておくことを検討します。確定日付があれば、少なくともその日にその書類が存在していたことの証明になります。 実際には、契約書のほかに、当事者双方の印鑑証明書や本人確認資料、対象不動産の登記事項証明書などをそろえ、作成時の状況を説明できるメモを残しておく。そのうえで確定日付を取る、といった対応を考えます。もちろん、これで必ず争いを防げるわけではありません。それでも、何もしないよりは、あとで説明できる材料を残しておく。その程度の備えです。
たとえば、不動産を孫へ渡したいケース
たとえば、将来の相続を見据えて、長男に相続させるのではなく、1代飛ばして孫へ不動産を渡したい、という相談があったとします。本来は公正証書遺言を作っておきたいけれど、完成まで時間がかかる。とりあえず自筆証書遺言を試みたものの、本人が全文を書けない。このケースの家族関係は、次のとおりです。
- 本人(祖父):不動産の持ち主。意思ははっきりしている
- 長男(子):本来なら相続する人。今回は渡さない
- 孫:1代飛ばして、不動産を渡したい相手
そのような場合に、対象を不動産に絞り、孫を受贈者とする死因贈与契約書を作成することがあります。 このときに実際にとったのは、おおむね次のような対応でした。対象を不動産だけに絞り、孫を受贈者とする死因贈与契約書をワープロで作成する。本人の意思がはっきりしていることを確認したうえで、贈与者・受贈者が署名または記名押印し、印鑑証明書を添える。そして作成後、公証役場で確定日付を取得しておく。どれも特別な工夫ではなく、その場でできる最低限の手当てを重ねただけです。 今回の相続人が長男1人だけであれば、相続開始後の登記手続きも比較的進めやすいと考えられます。もちろん私文書ですので、絶対に問題がないとは言えません。それでも、相続人が1人で、その協力が見込めるのであれば、現実的な選択肢になり得ます。 なお、今回は「つなぎ」として使うため、最初から仮登記までは入れない、という判断もあり得ます。仮登記を入れると、その後の方針変更や撤回が外形的に見えやすくなり、かえって火種になることもあるからです。その後、公正証書遺言が完成したら、死因贈与契約を撤回することも考えられます。
ただし、すべてがうまくいくとは限らない
たとえば、親より先に長男が亡くなってしまった場合には、孫が代襲相続人になることがあります。そうなると、渡したい孫だけでなく、渡したくない孫も相続人になる可能性があります。 死因贈与契約で空白期間を埋めようとしても、思惑どおりに運ぶとは限りません。相続人の構成が変わった場合、家族関係がこじれた場合、本人の判断能力が争われた場合には、予定どおり進まないこともあります。死因贈与の基本と、不動産・預金での使いどころの違いは、別の記事にまとめています。
死因贈与は遺言の代わりになる?|不動産・預金で違う使いどころと注意点
選択肢④ 遺言代用信託(つなぎではなく、別の手段)
ここまでとは少し性格が違いますが、遺言代用信託という方法もあります。これは「公正証書遺言が間に合わないときのつなぎ」ではありません。それ自体が完成した、独立した手段です。 民事信託(家族信託)のなかで、亡くなったあとに不動産を誰へ引き継ぐかを、あらかじめ契約で決めておけます。遺言に近い働きをもちながら、生前の財産管理と、その先の承継を、ひとつの仕組みでつないでおけるのが特徴です。 ただし、信託も、本来は公正証書で作るのが望ましいものです。私文書で作る場合には、やはり安定性の面で不安が残ります。急場のつなぎというより、腰を据えて設計する方法だと考えておくのがよいと思います。
信託の遺言代用|遺言に代わる「遺言代用信託」の使いどころと注意点
選択肢⑤ もっと急ぐときは、危急時遺言
そして、これらよりもさらに緊急で、どの方法も間に合わない。生命の危急が迫っている、という場面もあります。そのようなときには、危急時遺言という制度があります。 ただし、危急時遺言は、あとから効力をめぐって争いになる可能性が高い場面が少なくありません。要件も厳格で、家庭裁判所の確認の手続きも必要です。実際に検討する場面では、時間との勝負になります。早めにご相談ください。
あわせて、遺留分のことも忘れずに
ここまでの方法は、いずれも特定の人に不動産を多く渡すことになりがちです。そのため、ほかの相続人の取り分が大きく減ると、遺留分の問題が出てくることがあります。 生前贈与・死因贈与・遺言代用信託のいずれであっても、配偶者や子などの遺留分がなくなるわけではありません。渡し方のかたよりが大きいと、あとから遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。誰に、どれだけ渡すのかは、遺留分まで見たうえで考えておくと安心です。
この判断例の分かれ道
下の図は、この例の分かれ道を1枚にしたものです。状況、分かれ目、2つの道、決め手の順に並べています。
- 状況:意思ははっきりしているが、公正証書遺言は間に合わず、全文の自書も難しい。不動産を孫に渡したい
- 分かれ目:生前に、名義を動かしてよいか
- 動かしてよい場合:生前贈与(①相続時精算課税、使えなければ②暦年贈与)。ただし登録免許税・不動産取得税は相続より重い
- 動かさない場合:③死因贈与の契約。私文書に印鑑証明を添え、確定日付をとる。相続人が長男1人で協力が見込めたので、この家族は、こちらを選びました ほかの道:腰を据えて設計するなら④遺言代用信託、生命の危急が迫るときは⑤危急時遺言
本当に詰まるのは、時間です。判断能力がはっきりしているうちに、どこまで手当てできるか。分かれ目は2つあります。生前に名義を動かしてよいか(贈与の税の負担を受け入れられるか)。そして、相続が始まったあとに、相続人の協力が見込めるか。この2つがそろって初めて、私文書の死因贈与という例外的な手段が、現実的な選択肢になります。 ほかのご家族がどう決めたか、そして自分たちは何を決める必要があるかは、次の2つのページに整理しています。
大切なのは、リスクを説明したうえで、今できる最善を尽くすこと
実務では、教科書どおりにすべてが整う場面ばかりではありません。 公正証書遺言を作りたい。けれど、完成まで時間がかかる。自筆証書遺言も作りにくい。それでも、本人の意思ははっきりしている。そういう場面では、贈与・死因贈与・信託・危急時遺言といった方法を、ひとつずつ確かめていくことになります。
どれも「これなら絶対安心」という話ではありません。税の負担、有効性、登記の手続き、相続人の協力、将来の家族関係まで含めて、リスクを説明したうえで進める必要があります。
完璧な方法が選べない場面でも、何もしないより、できるだけの備えをする。ご相談者と一緒に状況を整理し、その時点での最善を尽くすことも、相続実務では大切な仕事のひとつだと思います。 公正証書遺言が間に合わない。自分で遺言を書くことも難しい。そんな場面でも、不動産を渡すための方法は、ひとつではありません。大切なのは、税の負担、家族関係、相続人の協力、将来の登記手続きまで見据えて、その方に合うものを選ぶことです。初回のご相談は無料です。
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