遺留分は「あとから揺り戻す」調整装置|遺言・贈与・2次相続を一枚で整理
遺留分は、遺言や生前贈与で財産の行き先を偏らせても、亡くなったあとに配偶者や子などが、一定の取り分をお金で求められる仕組みです。請求があって初めて動き、戻るのはお金で、遺留分の額までです。
遺言で「すべてを長男に」と書いても、生前に一人の子へ多く贈与しても、それで終わりとは限りません。相続が始まってから、ほかの相続人が、遺留分に足りない分をお金で求めてくることがあります。 遺留分は、遺言や贈与を無効にする制度ではありません。財産はいったん遺言や贈与のとおりに移り、そのあとで、足りない分だけをお金で調整します。行き先は変えずに、あとから釣り合いを戻す。この記事では、この働きを「あとから揺り戻す調整装置」と呼んでいます。 ここでは、遺留分が、遺言・生前贈与・2次相続のそれぞれと、どう関わるかを一枚に整理します。
この記事の内容
・遺留分は「あとから揺り戻す」調整装置
・生前贈与との関係(時間軸の落とし穴)
・遺言との関係
・2次相続との関係
・揺り戻しを見込んで、分け方を決める
・あわせて読む
・まとめ
遺留分は「あとから揺り戻す」調整装置
下の図は、遺留分が、遺言・生前贈与・2次相続のどこで揺り戻すかを、一枚にまとめたものです。
- 請求があって初めて動く:自動では戻りません。相続の開始と、侵害する遺言や贈与があったことを知った時から1年、相続開始から10年を過ぎると、請求できなくなります(民法1048条)
- 戻るのはお金:2019年7月1日以後に始まった相続では、不動産などを取り戻すのではなく、侵害された額をお金で求めます(民法1046条)
- 遺留分の額まで:戻るのは、遺留分に足りない分だけです。遺留分は、全体の2分の1(親など直系尊属だけが相続人のときは3分の1)に、それぞれの法定相続分をかけて求めます(民法1042条)
- 遺留分があるのは:兄弟姉妹以外の相続人です。配偶者、子(子が先に亡くなっていれば孫)、子がいないときの親などの直系尊属です
遺留分の割合の表や、計算に入る財産の範囲、計算の手順は、次の記事で詳しくご説明しています。
遺留分とは?計算方法と、生前贈与・遺言がどこまで対象になるか
遺言との関係
遺留分を侵害する遺言も、無効にはなりません。名義は遺言のとおりに移り、そのあと、遺留分を侵害された相続人から請求があれば、お金で払うことになります。 遺贈や「長男に相続させる」という遺言で渡す財産は、亡くなった時の財産そのものなので、全額が遺留分の計算に入ります。生前贈与のような「10年」「1年」の区切りはありません。 請求を受けて払うのは、遺言で財産を受け取った人です。不動産を返す必要はなく、侵害された額をお金で払います。すぐに用意できないときは、裁判所に、支払いの期限を延ばしてもらえることもあります(民法1047条5項)。
遺留分を侵害する遺言を書くときは、請求されたときに払うお金まで考えておきます。
自宅や事業用の不動産を一人に継がせる遺言では、継ぐ人の手元に現金がないことがよくあります。そこで使われるのが生命保険です。死亡保険金は、原則として受取人自身の財産で、遺留分の計算に入りません。継ぐ人を受取人にしておけば、請求されたときの支払いに充てられます。ただし、保険金が遺産に比べて大きすぎるときは、例外的に扱いが変わることがあります。 一方で、兄弟姉妹には遺留分がありません。相続人が兄弟姉妹だけなら、揺り戻しは起きず、遺言のとおりになります。そのぶん、昔の遺言が残っていれば、それがそのまま通ります。新しい遺言で備えた例は、判断例の記事にまとめています。
生命保険の整理と活用|非課税枠・納税資金・代償金・受取人の整理
相続人が一人でも、遺言で備えた例|過去の遺言が調べきれないとき
生前贈与との関係(時間軸の落とし穴)
「贈与してしまえば遺留分には影響しない」と思っている方もいらっしゃいますが、生前贈与は一定の範囲で遺留分の計算に入ります。誰への贈与か、いつの贈与かで線が引かれます。
- 相続人以外(第三者)への贈与:相続開始前1年以内のものが計算に入ります。お孫さんへの贈与も、代襲相続人でなければここです
- 相続人への贈与(特別受益に当たるもの):相続開始前10年以内のものが計算に入ります。10年より前の贈与は、原則として入りません
ここまでは、よく知られた話です。
落とし穴は、この先にあります。 平成30年の改正で「10年」という区切りが入ったのは、遺留分の条文だけでした。遺産分割で特別受益を持ち戻す条文(民法903条)には、期間の区切りは入っていません。 どちらで見るかは、財産を遺言で分けるか、遺産分割で分けるかで決まります。
遺言で財産のすべての行き先を決めた人は、遺言どおりに財産が移るので、遺産分割はしません。見るのは遺留分です。遺産分割で分ける人には、遺言の話は関係ありません。見るのは特別受益の持ち戻しです。
ただし、生前贈与が大きく、残った財産を分けても遺留分に届かないときは、遺産分割で分ける場合でも、遺留分の請求ができます。 下の図は、財産を遺言で分ける場合と、遺産分割で分ける場合の、2つの道を並べたものです。
- 遺言で分ける場合(遺留分):相続人への贈与は、10年で区切られます。「持ち戻さなくてよい」という意思表示(持ち戻し免除)があっても、計算から外れません
- 遺産分割で分ける場合(特別受益の持ち戻し):期間の区切りはなく、何十年前の贈与でも持ち戻します。持ち戻し免除があれば、持ち戻しません
遺言で分けるなら遺留分、遺産分割で分けるなら持ち戻し。見るルールが違います。
ですから、「10年経ったから大丈夫」は、遺言で分ける場合の話です。遺産分割で分けるなら、10年より前の贈与も持ち戻され、取り分がゼロになることもあります。
反対に、「持ち戻し免除を書いたから大丈夫」は、遺産分割で分ける場合の話です。遺言で偏らせるなら、10年以内の贈与は、免除を書いていても遺留分の計算に入ります。
「10年」という同じ数字も、場面ごとに意味が違います。
遺留分では贈与から10年。遺産分割では相続開始から10年(この期間を過ぎた分割では、原則として特別受益の持ち戻しが適用されません。民法904条の3、令和5年4月1日施行)。そして税では、10年という区切りそのものがありません。数字が同じなので、取り違えやすいところです。
なお、「10年を超えれば遺留分は安心」と言い切れるかというと、例外がひとつあります。贈与した側・受け取った側の双方が「遺留分を侵害することを知っていた(双方悪意)」場合は、期間の制限が外れます(民法1044条1項後段)。
ただし、これが認められることはまれです。判例は、①その贈与で財産が半分を下回ると知っていたこと、②将来も財産が増える見込みがないと予見していたこと、この2つを双方について求めており(大審院昭和11年6月17日判決)、しかも立証するのは請求する側だからです。
10年より前の生前贈与は、遺留分の対象になる? ― 「双方悪意」が認められる場合と、認められない場合
相続時精算課税の贈与は、同じ土地に2つの値段がつく
税の制度として選んだ相続時精算課税を使った贈与も、法の世界では別の計算が動きます。「税の申告では精算課税を選んだから安心」とはなりません。とくにややこしいのが、同じ土地に2つの値段がつくことです。
- 遺留分(民法1044条):10年で切れる。評価は、相続開始時の価額
- 遺産分割の持ち戻し(民法903条):切れない。評価は、相続開始時の価額
- 相続税(相続税法21条の15):切れない。評価は、贈与時の価額(2024年からの年110万円の基礎控除の分は、足し戻さない)
精算課税の狙いのひとつは、値上がりしそうな財産を、安いうちの価額で固定してしまうことです。ところが法の世界では、値上がりした今の価額で見ます。税で得をした値上がり分が、そのまま遺産分割では不利に働く。この非対称が、精算課税の見えにくいところです。精算課税で贈与してから11年後に何が起きたかは事例の記事に、精算課税の仕組みは解説の記事にまとめています。
生前贈与から11年。良かれと思った「相続時精算課税」が招く予期せぬリスク
相続時精算課税贈与の仕組みと注意点 ― 2024年改正後の「110万円」を軸に整理
2次相続との関係
遺留分は、1次相続と2次相続で、2回問われることがあります。 父が亡くなり、遺言で財産のほとんどを母に渡したとします。子にも遺留分はありますが、母を相手に請求する子は多くありません。1年が過ぎれば、1次相続の遺留分は請求できなくなります。 けれども、母が受け取った財産は、母の財産として残ります。母が亡くなったときの2次相続では、その財産も遺留分の計算に入ります。母の遺言が「すべてを長男に」であれば、ほかの子は、2次相続で遺留分を請求できます。
遺留分は、1次相続だけでなく、2次相続まで通して見ておく必要があります。
【本文】 生前に遺留分を放棄してもらう方法もありますが、家庭裁判所の許可が必要です(民法1049条)。放棄する人が見返りを受けているかなども見られるので、使える場面は限られます。 1次相続で配偶者に寄せるかどうかは、相続税の配偶者の税額軽減だけでなく、2次相続の税金と分け方まで含めて考えたほうが、決めやすくなります。
とりあえず配偶者で大丈夫?|2次相続まで考えると、税金だけでは決められません
揺り戻しを見込んで、分け方を決める
ここまでの答えは、はっきりしています。遺留分は、請求があって初めて動き、戻るのはお金で、遺留分の額までです。生前贈与は、相続人へは亡くなる前10年、相続人以外へは1年が原則です。 本当に詰まるのは、そのあとです。請求されたときに払うお金が、受け取る人の手元にあるか。請求のあとも、家族の行き来が続いていくか。不動産を継ぐ人ほど現金が足りないことが多く、きょうだいのあいだで請求が起きると、その後の関係にも響きます。 分かれ目は、遺留分を侵害しない範囲で分けるか、侵害してでも偏らせるかです。侵害しない範囲で分けるなら、先に遺留分の額を見積もっておきます。侵害してでも偏らせるなら、遺言に理由を書き添え(付言事項)、生命保険や預金で払うお金を用意しておく。揺り戻しを見込んでおけば、偏った分け方でも、家族の負担は小さくできます。 全体の流れの中でいまどこを考えているかは相続の道筋地図で、似た状況でほかのご家族がどう決めたかは相続の判断例で確かめられます。
あわせて読む
遺言や贈与で準備しても遺留分で止まる場面、遺産分割での特別受益の考え方、遺言の作成から執行までを、次の3本で整理しています。
遺言があっても、贈与があっても…結局「遺留分」で止まることがあります
特別受益とは?具体例と判断基準を相続専門司法書士がやさしく解説
まとめ
- 遺留分は、遺言や贈与を無効にせず、あとからお金で釣り合いを戻す調整装置
- 請求があって初めて動く。知った時から1年、相続開始から10年で請求できなくなる
- 遺言で渡す財産は、全額が計算に入る。受け取った人が、お金で払う
- 生前贈与は、遺言で分けるなら遺留分で見る。相続人へは亡くなる前10年、相続人以外へは1年
- 遺産分割で分けるなら、特別受益の持ち戻しで見る。期間の区切りはない
- 相続時精算課税の贈与は、民法では相続開始時、税では贈与時の値段で数える
- 1次相続で配偶者に寄せると、遺留分は2次相続で問われることがある
遺留分は、「請求されたら負け」の制度ではありません。どこで、どのくらい揺り戻しが起きるかを見込んでおけば、偏った分け方でも、家族が納得できる形に近づけられます。「遺言を書く前に、遺留分がどこまで効くかを確かめたい」という段階でも、ご相談いただけます。初回のご相談は無料です。
0コメント