相続税が一番安い分け方を、あえて選ばなかった ― 自宅の時価・遺留分・家族の想いから
相続税が一番安い分け方が、その家族にとって一番よい分け方とは限りません。判断が分かれるのは、次の4つのズレです。
相続のご相談では、「相続税が一番安くなる分け方はどれですか」という話になることがあります。相続税は大切です。税金を無視して遺産分割を決めることはできません。それでも、税額の試算だけで分け方が決まる相続は、実はそれほど多くありません。
とくに、自宅不動産の時価が高く、次の世代の承継まで見えている場合には、今回の相続税だけでなく、将来の遺留分、2次相続、家族関係、誰に実家を残したいのかまで含めて考える必要があります。このページでは、実際のご相談で判断が分かれた4つの場面を整理します。
この記事の内容
・税額の試算は「答え」ではなく「材料」
・ズレ1 相続税評価額と、時価
・ズレ2 2次相続と、そのさらに先・
・ズレ3 制度上の有利と、身分行為の重さ
・ズレ4 数字の正解と、家族の納得
・試算を受け取ったあと、司法書士が確認する5つのこと
・リスクをゼロにはできない
・相続は、税金だけでは決められない
税額の試算は「答え」ではなく「材料」
相続税の試算は、税理士の領域です。当事務所では、必要に応じて税理士と連携し、1次相続で誰が何を取得するか、2次相続まで通算すると税額がどう変わるか、小規模宅地等の特例をどこで使える可能性があるかを確認します。
ただし、返ってくるのは「その分け方をしたら税額はこうなる」という数字です。どの分け方を選ぶかは、その先の判断になります。試算は答えではなく、判断のための材料です。
そして材料が出そろったとき、税額の順位と、家族にとっての順位が一致しないことがあります。その理由が、次の4つのズレです。
下の図は、4つのズレを、税額の試算で見るものと、分け方を決めるときに見るものに分けて並べたものです。
ズレ1 相続税評価額と、時価
相続税の計算に使うのは、路線価などをもとにした相続税評価額です。一方、遺留分を考える場面で問題になるのは、その不動産の実際の価値、つまり時価です。同じ自宅を、二つの違うものさしで測ることになります。
都市部の自宅では、この二つが大きく開くことがあります。相続税の試算では小さく見えていた自宅が、遺留分の場面では倍近い大きさで立ち上がってくる。財産に占める自宅の割合が大きい家庭ほど、この差は効いてきます。
誰が自宅を取得するかによって、将来の相続で遺留分の対象になる財産の大きさが変わります。
実際のご相談でも、相続税だけを見れば有利な分け方が、将来の遺留分への対応額を大きくしてしまう、という場面がありました。今回の税額は下がる。しかし、次の世代で用意しなければならない金額は上がる。評価額と時価の差を見落とすと、この入れ替わりに気づけません。 【1行あける】
ズレ2 2次相続と、そのさらに先
相続対策は、1次相続と2次相続までで考えるのが一般的です。父の相続と、その後の母の相続。ここまで見れば十分だと思われがちです。
しかし自宅のように価値の大きな財産では、そのさらに次の相続まで見ておく必要があります。実家の承継は、一代では終わらないからです。
たとえば、母から娘へ、そして孫へと実家を引き継ぎたい場合。娘がいったん自宅を取得すると、その自宅は将来の娘の相続財産になります。娘に複数の子がいて、そのうちの一人に実家を残したいのであれば、もう一方の子の遺留分が問題になります。
一方、母が自宅を取得し、母自身の遺言で孫へ承継させる形にすれば、自宅は娘の所有を経由しません。娘の相続財産から自宅を外して考えやすくなり、将来の遺留分への対応額を抑えられる可能性があります。どこを通すかで、二代先の姿が変わります。
ズレ3 制度上の有利と、身分行為の重さ
孫に財産を残したい場合、孫を養子にするという方法があります。相続税の計算上、有利になる可能性があります。遺贈ではなく相続人として承継できるため、設計上の選択肢も広がります。
法律関係の面でも、意味があります。母より先に娘が亡くなった場合、娘の子である孫たちが母の相続について代襲相続人となり、実家を継がない側の孫も遺留分を持つ立場になります。あらかじめ孫の一人を養子にしておけば、相続関係や遺留分の計算に影響します。対策として検討する余地は確かにありました。
それでも、あるご相談では養子縁組をしませんでした。理由は、孫の氏名です。離婚後、母と子は元夫側の氏を名乗って生活してきました。その氏名は、学校でも職場でも使い続けてきた、生活そのものです。相続対策のために養子縁組をすれば、戸籍上の関係が変わり、氏にも影響が出る可能性があります。
氏については手続き上の検討余地がある場合もあります。しかし養子縁組は、単なる節税の手段ではありません。親子関係を発生させる身分行為です。戸籍が変わり、家族関係の見え方が変わり、将来の相続関係にも影響します。
「養子にしない」と決めることも、相続対策における大切な判断です。
何もしなかったのではありません。制度上有利に見える方法であっても、その人の氏名、戸籍、家族関係、これまでの生活の積み重ねに影響する場合があります。だからこそ、「税金が安くなるか」「遺留分対策になるか」だけでなく、「その方法を、ご本人とご家族が本当に受け入れられるか」を確認する必要があります。
ズレ4 数字の正解と、家族の納得
相続では、誰が実家に住むのか、誰が管理するのか、誰が「自分は蚊帳の外だった」と感じるのか。数字に表れないことが、後々まで残ります。
納得のないまま決めた分け方は、手続きが終わっても関係の中に残ります。逆に、税額の面では最適でなくても、家族が経緯を理解して選んだ分け方は、後から揺れにくいものです。
誤解のないように申し添えると、これは遺留分を無視してよいという話ではありません。法律上の権利がある以上、請求されれば支払うべきものは支払う必要があります。大切なのは、払うべきものは払えるようにしておくこと。そのうえで、必要以上に対象財産を大きくしないこと。遺留分を正面から見たうえで、どこまで整理できるかを考えます。
試算を受け取ったあと、司法書士が確認する5つのこと
税理士から試算が返ってきたあと、当事務所では次の5点を確認します。
試算を受け取ったあとに確認すること
- 自宅の時価と相続税評価額が、どれくらい開いているか――遺留分の場面で立ち上がる大きさを把握します。
- 2次相続のさらに先まで、誰が相続人になるか――実家を継がない相続人の遺留分がどこで生じるかを見ます。
- 実家に住む可能性のある人がいるか――将来の居住状況によって、小規模宅地等の特例の見込みが変わります。
- 遺留分を支払う原資があるか――不動産を残す人に現金が回らない分け方は、後で不動産を手放す結果になりかねません。
- その方法を、ご本人とご家族が受け入れられるか――養子縁組のように、氏名・戸籍・家族関係に影響する方法はとくに慎重に確認します。
ここで見えたことを踏まえて、必要であればもう一度、税理士に試算を依頼します。試算から始めて、整理して、試算に戻る。この往復が、税額だけで決めないための手順です。
リスクをゼロにはできない
整理を尽くしても、すべてのリスクが消えるわけではありません。たとえば、母より先に娘が亡くなった場合。孫たちが代襲相続人となり、当初想定していた財産の流れとは違う問題が出てきます。あるリスクを抑えようとすると、別の問題が顔を出すこともあります。
税額を下げる。遺留分への備えを整える。氏名を守る。本人の気持ちを大切にする。家族関係に無理を生じさせない。これらは、いつも同じ方向を向いているとは限りません。
だからこそ、どのリスクを重く見るのか、どの価値を優先するのかを、ご家族と一緒に確認していきます。そして、遺言を作れば終わりでもありません。住まい方、健康状態、財産の価値、制度。変われば、そのつど見直す前提のものです。
相続は、税金だけでは決められない
相続税評価額と時価。2次相続と、そのさらに先。制度上の有利と、身分行為の重さ。数字の正解と、家族の納得。この4つのズレを一つずつ並べたとき、税額の順位が家族にとっての順位と入れ替わることがあります。
相続税を無視するのではありません。相続税をきちんと見たうえで、それだけでは決めない。当事務所は、相続登記や遺産分割協議書の作成だけでなく、税理士と連携し、法・税・暮らし・想いの4つの視点で相続全体の道筋を整理しています。争いの代理や交渉が必要になる場合には、必要に応じて弁護士をご紹介します。その手前の、事実関係と資料の整理は当事務所でお手伝いします。 「相続税は安くしたい。でも、それだけで決めてよいのか不安」「自宅を誰に残すべきか迷っている」「将来の遺留分まで考えて、遺産分割を決めたい」。そのような場合は、相続登記の前に、一度全体を整理しておくことをおすすめします。
※この記事は、実際のご相談をもとに、相続で判断が分かれる場面を考え方として整理したものです。個人が特定されないよう、内容を一部変更・抽象化しています。相続税額および小規模宅地等の特例の適用については、税理士にご確認ください。
具体的な金額でみる実例
このページで整理した考え方が、実際の数字の上でどう働くかは、資産形成ゴールドオンラインに掲載された事例記事でご覧いただけます(外部サイト・幻冬舎/2026年8月5日掲載)。
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自宅の時価、将来の遺留分、2次相続、ご家族の想い。税額の試算は税理士と連携しつつ、それらを並べて、無理のない分け方を一緒に整理します。
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